獺祭の知られざるヒミツ

日本酒ファンの中で、いや今や日本酒を飲まない方にまで知れ渡るほどの有名銘柄となった獺祭

この獺祭の逸話も広く知れ渡っているところだが、知られざる真実や誤解されている部分があることはご存じだろうか?

今回は獺祭の知られざるヒミツを紐解いて行きたいと思う。獺祭という日本酒にどのようなイメージをお持ちだろうか?フルーティーで飲みやすい日本酒。先進的な蔵。海外で評判の酒。流行りの味。

みなさんが持つイメージが本当なのか?または真のメッセージを受け取っているのか?

まずは簡単な概要を振り返ってみる。

概要

山口県岩国市1948年創業の旭酒造。日本酒の蔵元としては比較的新しい方だといえる。

しかし、昭和後期に遭遇する日本酒不遇の時代において他の蔵同様に苦境に陥る。1987年に桜井博志氏が三代目として社長に就いてより様々な改革を行ってきた。それは改革というレベルではなく日本酒業界をも巻き込むイノベーションだった。

旭酒造のホームページには

「ともすれば一時のワインがそうだったように、吟醸酒の世界も、通でなければわからないとか、理解しづらいモノのように語られます。絶対に違います。真に美味しい酒は、誰が飲んでも美味しいモノです。旭酒造は真に美味しい酒を目指します。」と書いてある。

後の記事では「幻の酒にはしたくない」とも語っている。よくある美辞麗句ともとれるが、ここに桜井氏の信念を感じる。

私なりの解釈をすれば、

「一部の通だけに喜ばれるマニアックな酒ではなく広く一般に喜んでもらえる酒を作っていきたい。それを実現するために様々な挑戦や挫折を繰り返している。」

「時代の変化と共に今までのやり方が通用しなくなっている。今の時代、これからの時代に向けた新しいやり方を模索していくことこそ日本酒を後世に伝える方法ではないか。」

とも読み取れるのである。このような考え方は時に軋轢を生み、誤解されることもある。それでも進み続けた男の生き様を私なりに考察していく。

社内改革

杜氏の廃止

杜氏の退職を機に四季醸造

今でこそ杜氏を置かずに社員が醸造責任者として醸すスタイルは主流になりつつあるが獺祭のそれは先駆けとも言えるだろう。

酔うための酒ではなく、楽しめる酒を提供したいと普通酒を辞めて純米大吟醸に専念する為、1990年に獺祭ブランドをスタートさせる。同時期に進めていた地ビールレストランの失敗により経営不安が囁かれる。

それをきっかけに杜氏が退職。

桜井氏はここで大きな決断をする。「杜氏を廃止して社員だけで造っていこう。」

そもそも地ビール、地ビールレストラン事業を始めたのは年間を通して収益を上げ雇用も安定させるためだ。

日本酒造りの常識では「寒造り」といって秋に採れた新米を冬に一年分仕込む。そのため杜氏集団は期間限定の季節労働者だった。

仕事や売上が減る夏場にも収益が見込める地ビール事業は理想的な組み合わせだった。

ところが地ビールの免許申請に必要なため併設した地ビールレストランは僅か3か月で撤退を余儀なくされた。

自社社員の雇用安定の面でも冬だけでなく夏にも稼働し収益を上げるのは必須だ。

だからこそ社員だけで高品質な酒を生み出し年間を通じて製造する「四季醸造」に挑戦する。

酒造りの数値化、データ化

課題をクリアするために酒造りの数値化、データ化を進めた。

そしてその数値やデータが正確になるように設備の近代化をすすめ最新のテクノロジーを次々と導入していった。

杜氏の廃止はそうざるを得ない状況での苦肉の策だったのかもしれない。

あるいは桜井氏の中で自社社員での醸造に活路があり杜氏の退職が一歩踏み出すタイミングになったのかもしれない。

ともあれその決断の結果、年間を通して高品質な酒を大量に生産できるようになった。

酒造りの近代化

獺祭を始めた1990年初年度売上は5000万円だった。30年ほどたった2021年の年間売り上げは141億円にまで成長した。

古いデータで恐縮だが2017年度日本酒売上ランキングで8位である。

凄さがピンとこない方もいるかもしれないので補足すると、上位は白鶴、月桂冠、松竹梅などの酒蔵というよりメーカーという程の大手である。そんな中において地酒的な蔵としては唯一ランクインしている。売上規模は菊正宗と同等で剣菱や八海山の約2倍である。

杜氏ではなく社員で造る。経験と勘ではなく数値化する。機械化テクノロジーの導入で四季醸造する。今では主流になってきた考え方だが一部では軋轢もあった。

昔ながらの酒造りを良しとする考え方の人々から反感を買ったのも事実だ。個人的にはどちらも正しいしと思う。

熊本に「花の香」という蔵がある。他の蔵と同様に不遇の時代があり、立て直そうと社長が獺祭に修行に行き最新の酒造りを学んだ。その修業期間はわずか3か月。

正直驚いた。修行というと10年一区切りのイメージだったからだ。

花の香を飲んだことがある。初期は確かに獺祭のようなフルーティーで飲みやすい日本酒だった。年を追うごとに独自の味や個性を出していっている。

花の香が3か月で習得したのは「酒造りの全て」ではなく「数値化やデータ化及びテクノロジーの導入のやり方」であった。

花の香では最新機器を一度に導入するほどの資金力はなく、今年はこれ、来年はこれと数年かけて近代化していった。現在では花の香ならではの味を表現している。

桜井氏自身が言っていた。「酒造りはそんなに簡単ではない」「獺祭は近代化によって誰でも簡単に大量に旨い酒を造っていると誤解されている。」

現実として獺祭では麹を手造りする、米は小分けにして洗うなど要所要所で手作業を徹底している。そして日々より良い酒を造るための研究を怠らない。

一大ブームを起こしたからこそ先入観でズレたイメージを持たれたのかもしれない。私自身も工業品のようなイメージを抱いていた時期もあった。

全量純米大吟醸 山田錦にこだわる。

普通酒を辞めて純米酒しか造らないというのは現在では主流になってきている。

しかし純米大吟醸しか造らないというのはかなりの大勝負だ。さらに酒米の最高級である山田錦だけにこだわるとなると常識では考えられない決断だ。

これをやってのけたことが、獺祭をトップブランドに押し上げたと言っても過言ではない。

最高級へフルスイング

特定名称が施行されたのがまさに獺祭を始めた1990年である。特定名称とはそれまで一級、二級などと製法や区分が曖昧だった日本酒の呼び名(ランク)を製法や原料の規定を設けた制度だ。純米や大吟醸などの呼び名は1990年から使われるようになった。

純米とつく日本酒は醸造アルコールを添加しない米だけの酒。大吟醸は酒米を半分以下に磨いた酒。

ここでは詳細は省く。詳細は下記の記事に目を通していただきたい。

関連記事

日本酒を選ぶ時って何が良いのかわからなくて困りますよね。散々迷った挙句に知っている銘柄に手を出してしまいがちです。 3つのポイントを覚えれば選ぶ時の基準になったり、気になった日本酒がどういうタイプのものかがイメージできるようになると[…]

醸造アルコールの添加は増量の為ではなく味の向上の為ごく少量認められている。一般的にはキレが増し香りが良くなると言われている。純米とつく日本酒はこのプラスアルファがない分、繊細で難しいとも言えるだろう。

さらにただでさえ高価な山田錦を半分以上磨いてしまうとなると原価は上がる。原料の入手も相当数必要になる。

そして一般的な地酒は日常使いできる廉価版から贈答用の高価版など、ラインナップを揃えて地元の人にも愛される酒を目指す。ところが獺祭は高級路線だけにフルスイングしたのだ。

コンセプトへの反感

このコンセプトはインパクトが大きい分様々な場面で反感を買ったのかもしれない。昔ながらの職人的な酒を愛する蔵元や愛好家からすれば自分達が否定されたと感じたかもしれない。地元消費者は手の届かない存在として寂しく感じたかもしれない。

前記のように獺祭が山田錦を大量に買い付けたため、山田錦が入手できなくなり困った蔵元もいた。

この幾つものハードルを越えて様々な壁を乗り越えて現在の地位にたどり着いた事でようやく評価され始めたのだ。

一部で囁かれる単なる拝金主義者では到底たどり着けない道筋であり、信念なくしては達成できない偉業でもある。山田錦については農家の負担を軽減するよう契約栽培にし、全量買取制度や富士通と組んでのITサポートなどwin-winの関係を築いている。

また、酒米には粒の大きさや品質により等級があり規格外が出来てしまう。この米で酒を作っても純米大吟醸を名乗れない。

amazon.co.jp

しかしその規格外の山田錦で造った「獺祭 等外」という商品も新たに発売している。

わかってもらえる人に直接届ける

自社のコンセプトを理解してもらえるよう問屋を通さず特約店と直接取引をはじめる。酒蔵は一般的には商品を出荷した後どのようなルートでどのような品質管理でどのように販売されるかはノータッチだ。出荷後に劣悪な環境で商品が劣化したとしても消費者からはそういう味だと思われてしまう。また、自社のコンセプトが伝わるかは販売者に委ねられてしまう。その弊害をなくすために信頼関係を築ける特約店を探し回った。品質管理ができ共通認識が持てる酒販店と二人三脚でコンセプトを広めていった。

余談だが、私の経営する店では特約店を通じて獺祭を仕入れていた。たいした本数を買っていたわけではないが旭酒造から毎年年賀状が届いていた。うちに届いていたということは全国の飲食店で獺祭を置いている店には送っていたのだろう。

毎年何千いや何万通?送っていたのかと想像すると中々の気合を感じる。

販売戦略

海外戦略

海外進出の原点

獺祭の海外進出は2005年に始まったが、本格的には2010年に現社長の桜井一宏氏が海外担当になってからだ。

これまで日本酒の海外進出は商社などを通じて輸出して終わり。国内で製造している物の一部が売れればよし。というのが一般的なスタンスであった。またアピールや売り込みも合同の展示会に参加し現地の日本に興味がある層に受けることで成功とされてきた。獺祭の海外戦略は他の日本酒蔵と違い独特だ。その思想は獺祭が倒産の危機から立ち上がる原点にある。

当初の獺祭は地元ではまったく相手にされなかった。山口から広島、九州と売り歩き東北、北海道と全国を回ったが中々手ごたえがない。そんな中で東京だけは一部の飲食店や酒屋が興味を示してくれた。

美味しい酒を目指して造っていけばわかってもらえる相手がいる。多少高価でも価値のあるものを目指す信念は間違っていなかった。首都圏に赴き商品説明や頒布会も自分達で手掛けた。そこから首都圏中心に広まり、地元山口には東京から逆輸入のような形で人気となっていった。

倒産の危機から脱するため「酔うための酒ではなく味わう(楽しむ)ための酒を目指す」という信念からスタートした。普通酒をやめ、純米大吟醸山田錦一本にこだわる。杜氏を廃止して社員だけで自分たちの目指す味を造る。テクノロジーを導入して四季醸造を実現しいつでも高品質の酒を提供する。問屋を通じた流通を辞め特約店(正規販売店)に直接卸す。

時には軋轢を生み、時には批判されることもありながら進み続けてきた延長に海外があり、彼らにとっては東京に売り込みいく感覚で海外に進出している。

世界でもブレない信念

海外には桜井氏親子が乗り込み営業をかける。自分達で味をわかってくれる取引先を開拓していった。特に4代目一宏氏はニューヨークに駐在して広報活動を行っていった。

現在では年間141億円の売上の半分以上を海外で売り上げるようになった。

2018年にはパリにフレンチの巨匠ジョエルロブションとのコラボレストランも開業した。フレンチと獺祭とのマリアージュを楽しめる象徴的な存在になるだろう。

そして現在進行形のビックプロジェクトがニューヨーク工場だ。世界最大の料理大学といわれるCIA (Culinary Institute of America)大学と提携しニューヨーク州郊外に現地生産の工場を建設中なのだ。コロナの影響で完成に遅れは出ているのの着々と進行中だ。

CIA大学では料理人だけでなくフードコーディネーターやフードジャーナリストなどの講座もあり飲食業界のエリート達が最初に体験する日本酒が獺祭になることだろう。

また現地生産の獺祭にはアーカンソー州産の山田錦を使う予定で現地契約農家と研究を進めている。

計画当初の2017年にはカルフォルニア産のカルローズ米を試したこともあった。もちろんニューヨーク工場は未完成なので日本での醸造だが、このチャレンジは興味深く私も試飲してみた。味は「獺祭」いうよりは「上善如水」に近い感じだった。フルーティーだが非常に軽い。個人的な感想では日本酒としては軽すぎて旨味にかける。難しいのではないかと思った。

しかし、現地のアメリカ人が飲んで良しとするならそれはそれで良いのではとも考えていた。だが、今や山田錦を現地栽培しているということはアメリカ人も評価しなかったということなのかもしれない。

この経験からか、獺祭では海外向け方針として「国ごとに味を変えることは特にしないが伝え方は変える」になった。

自分達の目指す美味しい酒を造る。それがやがて山口でも東京でも世界でも広がっていくのではないかと。

現在のアメリカ市場において日本酒はほとんど認知されていない。流通しているのは現地大手工場が造るカップ酒的な普通酒か日本から輸入された超高級酒と両極端な2種類らしい。

そこに獺祭の現地生産で中間的なプライスラインで日常的に楽しめる美味しい日本酒が入れば日本酒の認知度は一気に高まるだろう。

アメリカ産獺祭を輸入して飲む日がくるかもしれない。

ブランディング

ブームは広告の成果なのか?

純米大吟醸で山田錦にこだわるという画期的な戦略は東京中心に支持を広げ全国区となっていった。急成長する獺祭は「広告広報戦略が長けているだけ」との声も耳にする。

たしかに広告代理店を使って広報に力を入れた時期もあり、一時はあまりに売れすぎて高値で転売が起きるようなこともあった。ところが3代目桜井博志氏は「幻の酒にはしたくない」との思いから2017年に新聞に異例の一面広告を打つ。

「お願いです。高値で買わないでください。」のキャッチコピーと共にずらりと日本全国の正規販売店の名前が並んでいた。

同時に増産体制を引いていき転売は治まっていったもののこの年獺祭は売上を減らした。博志氏はそれでもいいと言う。高品質でいて気軽に楽しめる酒になりたいと。

この一件も含めて広告戦略と見る向きもあるが、実際のところは不明だ。ただ要所要所には博志氏の信念を感じる行動があり、あながち広告広報だけではない何かは伝わってくる。

さまざまなトラブル

一大ブームを起こした後もけっして順風満帆ではなく様々な事件やトラブルはあった。

2016年には商品への虫混入があり回収を余儀なくされている。

2018年には蔵が豪雨被害で浸水した。停電により醸造中の酒は品質を保てなくなった。この時の酒は別商品として安く販売した。同郷の弘兼憲史氏がラベルを書き「島耕作ラベル」として売り、売り上げの一部を被災地に寄付した。

2019年には加水時の攪拌忘れにより表示の度数とのムラがある酒を出荷してしまった。こちらも26万本の回収となった。

これらを経て2022年に大卒初任給を21万円から30万円に大幅アップすると発表。今後を見据えて優秀な人材の確保のためといわれている。

それとは別に大企業病になりかけているという危惧があるのではないだろうか。

獺祭を発売してから30年以上経った今、当時の苦労や情熱をもった人間が少なくなってきている。新しい社員たちは有名になった後に入社してきており、決められたことをやれば良いという感覚になっていてもおかしくはない。

だからこそ初任給大幅アップは「更に前へ、進化し続けるぞ」という博志氏の強烈なメッセージととれなくもない。

我々消費者もまた発売後30年を経て獺祭への認識が変わってきているのかもしれない。最初に飲んだ時の印象と今抱いているイメージとは違いがあるのではないか。改めて飲んでみることで思わぬ発見があるのではないだろうか。

獺祭
¥5,941 (2024/03/28 07:34時点 | Amazon調べ)
\楽天ポイント5倍セール!/
楽天市場
\ポイント5%還元!/
Yahooショッピング

まとめ

常々、流行というのは廃れるものだ。記憶に新しいところでは、あんなに行列になっていたタピオカミルクティーの店は今やあまり見かけなくなった。

日本酒の世界では古くは「越乃寒梅」「久保田」そして「獺祭」もそうなりつつあると感じている。

ただ、獺祭が日本酒業界に起こした革命やイノベーションは間違いなく偉大だ。

日本酒選びは難しいと感じて流行に乗るのも否定はしないが、蔵の物語を知ってエピソードで選ぶというのもまた楽しいのではないかと思う。

みなさんの日本酒選びのヒントになれれば私自身も嬉しいかぎりだ。

広告